69%がベンダーロックインの状態
特定のベンダー(メーカー)の独自技術に大きく依存した製品、サービス、システムなどを採用した際に、他ベンダーの提供する同種の製品、サービス、システム等への乗り換えが困難になることがある。
ベンダーロックインと呼ばれているこうした現象が、システムの刷新などを進めていくうえで大きな障害になっている。
特定のベンダーの製品しか使い続けることができなくなってしまうために、製品やサービス、システムを調達する際の選択肢が狭められ、価格が高騰してもユーザーはそれを買わざるを得ないため、コストが増大するケースが増加し、また、市場競争や技術革新の恩恵を十分に受けられない可能性もある。
ベンダーロックインは当初、情報システムの中心部、基幹システムの問題だといわれてきたが、クラウドサービスが普及しインターネット上で使えるインストール不要のソフトウェアや提供形態であるSaaS(Software program as a Service)が台頭してからは、SaaSのベンダーロックインが大きな問題として注目されている。
では実態はどうなっているのだろうか。AIプロダクトの開発/運営、業務改善コンサルティングのMiletosはSaaSのベンダーロックインに関する調査を行った。
社長兼CEOの髙橋康文氏は調査をしようと考えた理由について次のように語っている。
「商談などで『切り替えにくさ』についての不満を耳にする機会が多く、この問題が実際に社会的な課題になっているのか、なっているのであればその原因は何かを特定し発表することに社会的意義があると判断した」
調査は2024年3月6日から3月7日に行われ、従業員数21人以上の企業に勤める①SaaSの導入や入れ替えの決裁権限のある②選定権限がある③製品の調査をする立場の社員—が調査対象となっている。有効回答人数は550人だ。
では調査の内容を見てみることにしよう。
「利用しているSaaS(Software program as a Service)に何らかの不満がありますか?」という質問に対しては75.3%の人が「不満がある」と答えている。
「SaaS元年の2018年から5年以上が経過し、新しいSaaSが次々と誕生しているにもかかわらず、我慢しながら従来から利用していたという理由によって同じSaaSを使い続けている人が多くいるということがわかります」(髙橋氏)
「不満があるのは、どのシステムか?」という質問に対しては、経費精算システムが61.8%、財務会計が40.6%、人事が40.1%と上位を占めた。
「本来はここにプロダクトの改善余地があるのですが、ベンダーロックインの発生で、そうしたチャンスが失われ、ユーザーにとっては大きな損失となっているということです」(同)
さらに「利用中のSaaSを別製品に切り替えたいのに、切り替えられないような状況がありますか?」という問いに対しては、ベンダーロックインの状況にあると答えた人が69.2%もいたという。
「オンプレミスの業務システムだけでなく、SaaSにもベンダーロックインが発生していることが明らかとなりました」(同)
システム切り替えのカギを握るのはベンダーロックインの解消
「ベンダーロックインの主要因は何だと思われますか?」という問いに対し、最も多かったのが「移行コストが高い」(68.4%)という回答。続いて「個社要件で作り込みをしてしまっている」が51.3%、「導入推進者の心理的ハードルが高い」が25.9%という結果となった。
「SaaSの導入にはプロセスの再考やデータ移行が伴い、切り替えのためには、それらを再度行う必要があります。また、新しいSaaSに従業員が適応するために、トレーニングやカスタマイズが必要であり、これに対しても新たなコストと時間が必要だからです」(同)
さらに詳しく見てみることにしよう。「移行コストが高いと感じる理由は?」という問いに対しては、「費用が高くかかる」(72.5%)、「作業負荷が多くかかる」(68.8%)の2つが圧倒的に多数を占めた。
この調査で、費用をはじめ、SaaSの切り替え時の様々な負担もコストとしてとらえて、日常業務は通常通り稼働すべき中で、SaaS切り替えのための新たな作業が発生することが負担となっていることが分かった。
「個社案件でしか対応できない理由は?」という問いには、「システム間連携が複雑である」(83.9%)、「自社特有の業務フローが存在する」(47.2%)の2つが大きな理由として浮かび上がってきた。
「コンプライアンスが年々厳しくなり、企業規模の拡大につれ、ビジネスプロセスは複雑になっています。結果として、別システムとの連携もまた複雑となり、その会社特有の業務フローが発生しているのです」(髙橋氏)
最後に「ベンダーロックインが解消されれば、システム切り替えを検討しますか?」という問いに対しては、97%(「すぐにでも推進する」が61.3%、「推進したいが難しい」が36.1%)の人が推進したいという気持ちを持っていることが分かった。
基幹システムとSaaSのベンダーロックインの違いとは
ところでSaaSのベンダーロックインが今なぜ起こっているのか。それはSaaSの歴史と関連がある。
日本でSaaSが急速に拡大したのは2010年ごろだといわれている。1980年代にはメインフレームが最盛期となり、基幹情報システムの大型コンピュータと利用者の端末をケーブルで接続して利用していたが、1990年代に入るとオープンシステムの時代に突入し、社内に敷設されたLANケーブルを通じてサーバーとクライアント端末が双方に通信してサービスを利用した。そしてサーバーにパッケージソフトウエアや独自開発のソフトウェアをインストールして利用するオンプレミス型のシステムに移行していった。
このような中で一つの問題が浮上してきた。基幹システムの問題で他社のソフトや周辺機器が使えないといった基幹システムのベンダーロックインだ。
一方で1995年にはWindows95が登場してブラウザー経由でWebサーバーにアクセスができるようになり、2010年ごろから高速ネットワーク回線が普及してストレスなくインターネット上のWebサーバーにアクセスできるようになると、SaaSが急速に普及していくことになる。
オンプレミスからSaaSへの移行が急速に進んでいくが、このときもまた、ベンダーロックインの問題が浮上した。
「今までは、ベンダーロックインの原因がオンプレからSaaSへの切り替えが原因だと思っていたのです。ところがそれから10年ぐらいたって、これまでの古いSaaSから新しいSaaSに切り替えて行こうという動きがはじまり、思ったよりスムーズに切り替えられないということをユーザーサイドが気づき始めたわけです」(同)
ところでSaaSのベンダーロックインは基幹システムのベンダーロックインとどのような違いがあるのだろうか。
「基幹システムのベンダーロックインはオンプレミスによる所有のため、一度購入すれば長期間使用できましたが、SaaSは継続的な契約更新が必要で、ベンダーに依存せざるを得ない構造になっています。その上で、オンプレミスの場合はハードウェアの固有性やソフトウェアのアーキテクチャーによるロックインでしたが、SaaSの場合は、データ移行の難しさによるロックインになります。つまりSaaS上に自社のデータを人質に取られるといった形のロックインが特徴です」(髙橋氏)
そのためSaaS本来の利便性まで、損なわれることにもなる。
「電子帳簿保存法対応でもそうですが、長期のデータ保存が必要になっているにも関わらず、SaaS側は取り込みは得意だけどもデータをお返しするのは苦手というものがあり、SaaSにも関わらず、切り替えられる前提のAs a serviceとしては機能しておらず、データポータビリティの制限が以前よりも増していると思っています」(髙橋氏)
ではSaaSでベンダーロックインを起こす原因はどこにあるのか。
まずはSaaSのアプリケーション自体の問題だ。
例えば、SalesforceのCRMサービスは、部分的にデータエクスポート機能は改善されているものの、完全な移行は依然として難しいし、Google WorkspaceのPCアプリは標準形式のサポートは増えたものの、完全な互換性は依然として課題となっている。例えば名刺管理ソフトのSansanでは登録した名刺画像をダウンロードし移行することが難しい。
原因は、ゲーム理論が進化し、ビジネスモデルとしての囲い込みが顧客から更にそのデータにフォーカスが当たったためだといわれている。
そしてもうひとつがシステム開発で発生するSaaSのベンダーロックインだ。
「これはベンダーとお客様の両サイドに原因があると思っています。我々のようなソースを提供する会社は意図せず、お客様の要望をなんでもかなえようと、システム連携しすぎてしまって、切り離せなくなってしまうことがあります。またお客様サイドで言うと、ERP(Enterprise Useful resource Planning)にまで手を入れてしまってベンダーロックインを起こすことがあります」(同)
ERPとは、企業のさまざまな部門(例えば、財務、人事、サプライチェーンなど)を統合し、効率的に管理するための基幹システムだ。
SaaSは、基本的にはERPの外側にあり、ERPのコアには手を入れないというのが、ベンダーサイドの常識となっている。
「ERP側にある不足内容をERPに直接アドオンで解決しようとすると、その部分はバージョン更新時にERPの標準対象外になるので、ERPのベンダーロックインが起きるのです。適切なSaaSを組み合わせ使うことが求められるわけです」(同)
ERPを選ぶときに、SaaSとの相性は考えた方がいい
ところが日本の企業は、ERPをはじめ、すべてのシステムを統一する方がいいのではないかという発想がある。日本企業に「Match to Customary」(企業の業務プロセスをシステムの標準機能に合わせることで開発コストを削減し、システムを最大限に活用できる)という発想があれば問題はないのだが、スタンダードに合わせるというのはなかなか難しい。
そのため自分たちで手を入れてカスタマイズする必要性が生まれてくる。
「ERPを含めて、特定のベンダーを狙い撃ちにしてシステム開発を進めると、その結果、ゴリゴリに組み込んでしまって、そこから変えられないという話を耳にします。もちろんERPを選ぶときに、SaaSとの相性は考えた方がいいと思いますが、ここでいう『相性とは何か』ということを最初にしっかりと考えてもらいたいのです」(同)
ERPとSaaSの連携は一定のルールに従って行われるAPI(Software Programming Interface)連携でないといけないのか、広範な接続ができるインターフェイス連携でもいいのか、すべてブランドを統一するのではなく、コアの部分、基幹システムの部分だけはしっかりと決め、それ以外の部分は自分たちに合ったものを選んでいくことが重要なのだという。
最近のERPは、「標準化されたインターフェース(API)の普及」「クラウドネイティブ(最初からクラウドでアプリケーションを実行したり、ソフトウェアを開発したりすることを前提とした考え方)な設計」「マイクロサービスアーキテクチャー(アプリケーションを複数の独立した小さなサービスに分割する基本設計)の採用」などで、他社システムとの連携が格段に容易になっている。
「基本的にはほとんどのERPは、SaaSと連動できます。極端な話、SAPのプロダクトとオラクルのプロダクトを接続しようと思ったら、接続できますし、連携したからって不具合が起こるわけではない。『とりあえず統一するんだ』という発想ではなく、より使いやすいものを選ぶべきなんだと思います」(同)
そして重要なのがシステムを切り替えるタイミングと事前の準備だ。
「お客様はいずれシステムを切り替えることがあるということを前提でSaaSのプロダクトを選ぶ必要がありますし、切り替えていけるような基幹システム側の構成をあらかじめ考えておく必要があります」(同)