安定から挑戦へ:NTTから楽天へ転職したキャリアの転換点を語る
私のキャリアは、NTTという日本最大の通信インフラ企業から始まりました。大学を卒業した当時、インターネットが急速に広がり始めた時代で、「この変化の波を、その流れの中で感じてみたい」という思いから、NTTを選びました。日本の通信を支える巨大な組織の中で、社会インフラの重みとスケールを肌で感じた経験は、今でも私の土台になっています。
その後、インターネットの可能性により深く関わりたいという思いから、当時まだ社員250人ほどのベンチャー企業だった楽天に転職しました。ちょうど楽天が株式公開を果たした頃で、社内には「世の中を変えていくんだ」という熱気が満ちていました。
楽天では、楽天市場の機能開発を担うプロダクトマネジメントからキャリアをスタート。開発だけでなく、営業やマーケティングも含めて全員が一丸となって走る、まさに創業期のベンチャーの空気を体感しました。
今や楽天は、開発部門だけでも6,000人を超え、グローバルに展開する企業へと成長しました。その変化の渦中に身を置きながら、技術とビジネスの両面で成長できたことは、私にとってかけがえのない経験となっています。
楽天の成長を支えた開発の舞台裏:英語化と多様性の挑戦
20年以上にわたり、楽天の成長とともに、組織の拡大とグローバル化を支えてきました。創業当初は日本国内向けのサービスに限られていた楽天ですが、現在では世界で70以上のサービスを展開するまでに成長。その裏側で、私はサービスの開発と運用の仕組みを構築し、継続的に支えてきました。
特に大きな転機となったのが、2012年に始まった社内公用語英語化です。当時、三木谷社長の「今日から英語だ!」という宣言のもと、楽天は世界一のインターネットサービス企業を目指して本格的にグローバル化へと舵を切りました。
この英語化により、世界中から優秀な人材が集まり、現在では国内における開発部門の約半数が外国籍の社員という多様性に富んだ組織へと進化。多国籍なチームが協力し合い、質の高いサービスを生み出す体制を築いてきたことは、私にとって最も大きな功績の一つだと考えています。
人が最大のチャレンジ:楽天の成長を支えた組織づくりの舞台裏
楽天の成長を支える中で、最も大きなチャレンジは人でした。世界中から集まった多様な人材一人ひとりの力をどう引き出し、どう一つの方向に向かって動かしていくか。
そのために、教育制度の整備や挑戦の機会を提供するだけでなく、自らが先頭に立ち、背中を見せて人を育てることを大切にしてきました。
そして、一番大きいのは特に、これだけの大きな組織を動かしていく上でビジョンがものすごく大事です。
ビジョンやストラテジー(戦略)をしっかりみんなに語りかける。常に広い視野を持ってもらうことを心掛けています。
時代が変化していって、インターネット上のサービスはどんどん変わっていきます。
なので、変化することが当たり前で、それに合わせて組織も人も、実際にやることもどんどん変わっていきます。ただ、大きなビジョン、遠くのビジョンに対して、足元の変化にしっかり対応していく。変化を当然として受け入れていけるような組織風土を作っていくのが非常に重要だと思っています。
ビジョンというのは、例えば、五年後とか十年後というのを見ています。
そして、ストラテジーはもっと目の前、ここ三年ぐらいのなかで、具体的に何をやるのかを考えていきます。
リーダーたちがビジョンをしっかり作っていくのに対して、ストラテジーはどっちかというとボトムアップです。
それを実現するためにどうやって進めていくのか。
変化の激しいインターネット業界において、遠くを見据えるビジョンと、足元を固めるストラテジーのバランスをとることが不可欠です。楽天では一貫して「グローバルイノベーションカンパニー」というビジョンを掲げ、五年後、十年後の未来を見据えながら、AIやクラウドといった最新技術を活用し、社会に対してイノベーティブに働きかけることを大切にしています。
例えば、楽天市場ではAIを活用して店舗運営の効率化や、ユーザーに最適な商品を提案する仕組みを導入。こうした一つひとつの取り組みが、ビジョンの実現に向けたストラテジーとなっています。
楽天には「スピード!!スピード!!スピード!!」という成功のコンセプトがあります。
完璧を求めすぎず、まずは動く。そして、ユーザーやクライアントの反応を見ながら改善を重ね、精度を高めていく、という考え方です。この走りながら考える姿勢は、時にエンジニアとしてのジレンマを伴いますが、重要なのはビジネスです。完璧なテクノロジーを使ったからといって、ユーザーがサービスを使ってくれるわけではない、というのは常に考える必要があります。
変化を前提とし、ビジョンを語り、スピードを武器に挑戦し続ける。そんな組織を動かすことこそが、私にとって最大のチャレンジであり、誇りでもあります。
山本五十六の言葉に学ぶ、楽天流リーダーシップの実践
当時、楽天がまだまだベンチャーであった黎明期、先の見えない変化の中で最も大きな学びとなったのは、山本五十六の言葉にあるリーダーシップの本質でした。
「やってみせて、言って聞かせて、やらせてみせて、褒めて人を伸ばす」。
この言葉に強く共感し、まず自分たちがやってみせることの重要性を実感しました。変化の激しい環境では、リーダーが先頭に立ち、率先して行動することで、チームに安心感と方向性を示すことができます。
その上で、どう進めるかはチーム全体で議論し、実行はメンバーに任せる。ただし、最終的な責任はリーダーが取る。だからこそ、メンバーには「思い切ってチャレンジしてほしい」と伝える。そして、うまくいったらしっかりと褒める。
このプロセスは、「単なる褒める」ことではなく、「次のチャレンジにつなげる褒め方」が重要です。
これはPDCAサイクルにも似ており、節目ごとに「君たちの努力をちゃんと見ているよ」「その行動にはこういう効果があるよね」とフィードバックを与えることで、組織は活性化し、人は成長していきます。
ITやビジネスの分野に限らず、組織を運営する上で非常に重要な考え方だと思います。まだ完璧にできているわけではありませんが、この姿勢を持ち続けることが、強いチームをつくる鍵だと信じています。
より具体的なCIOの仕事観、やりがいや魅力に焦点を当て、リーダーシップやITリーダーへの効果的なアドバイスなど、黒住氏に話を聞きました。詳細については、こちらのビデオをご覧ください。
CIOのやりがい、魅力について:完璧よりスピード──楽天が貫く走りながら考える開発哲学
楽天のビジネスは、単なる技術提供ではありません。私たちは「サービス企業として、プラットフォームそのものをお客様や取引先に使っていただくことで価値を生み出しています」。この直接お客様とつながるという点が、楽天の非常に大きな魅力であり、ユニークな特徴です。
一般的なシステム開発では、仕様を固めて、作って、納品という流れが多いですが、楽天はそういったやり方ではなく、サービスをリリースした後も、お客様の反応をリアルタイムで見ながら、改善を重ねていく。常に「どうすればもっと使ってもらえるか?」を考え続ける姿勢が、サービスの質を高め、事業の成長を支えています。
このような仕組みを、日本の社会インフラに近い規模で運営できることは、リーダーとして非常にやりがいのあることです。創業当初の小さな規模から、今の巨大な組織になっても、その本質は変わっていません。
楽天の文化には「まずやってみる」「スピードを重視する」という考え方があります。インターネットサービスであるということもあり、完璧を求めすぎず、まずは動く。そして、ユーザーやクライアントの反応を見て改善する。この常に走りながら考えるアプローチが、結果としてより精度の高いサービスへとつながっていきます。
「完璧な計画よりも、世の中の反応をもとにした改善の積み重ねこそが、楽天のサービスを進化させる原動力となります」。これこそが、私自身のモチベーションであり、楽天という企業の面白さだと感じています。
リーダーシップに関して、成功するCIO(およびマネジメント層)に必要なことは何ですか?
楽天のようなサービス企業において、CIOに求められる最も重要な資質の一つは「変化を前提としたマインドセット」です。技術は日々進化し続けており、それにどう対応し、どう活かすかが問われます。
重要なのは、技術そのものの新しさではなく、それを使って「お客様にとって価値あるサービスをどう作るか」。この視点を常に持ち続けることが、リーダーとしての基本姿勢です。
変化を恐れず、現状を肯定も否定もせず、「もっと良くできる方法はないか?」と問い続ける。この柔軟で前向きな姿勢が、組織全体の成長を支える原動力になります。
もう一つ、CIOとして欠かせないのが経営目線です。
ITの専門家であるだけでなく、経営への理解、そしてビジネス全体の方向性への理解が求められます。だからこそ、どういった投資をすべきか、どの技術を使うべきかを、経営層との対話を通じて導き出すことができます。
楽天は、「経営層のテクノロジーへの理解が深く、時には自分でコードを書くこともあるほど、技術に対する関心と理解が高い」のが特徴です。これは、インターネットサービス企業としてのDNAとも言えるでしょう。だからこそ、エンジニアへの投資も積極的に行われ、技術と経営が一体となってサービスを進化させていく文化が根付いています。
変化を受け入れ、技術を活かし、経営と対話しながら未来を描く。これが、楽天におけるCIOの役割であり、私が大切にしているリーダーシップのあり方です。
ITリーダーを目指す人たちにどのようなアドバイスをしますか?
これからの時代におけるリーダーシップとは、単にチームをまとめることではありません。特にCIOのような立場に限らず、すべてのリーダーに求められるのは、「経営の視点を持って技術をビジネスにどう活かすか」を常に考え、行動する姿勢です。
技術は目的ではなく手段。どんなに優れた技術であっても、それがビジネスに貢献しなければ意味がありません。だからこそ、リーダーは技術の可能性を見極め、それをどう活用すればお客様に価値を届けられるかを考え抜く必要があります。
もう一つ重要なのが、先程もお話した「変化を前提とした思考」です。AIをはじめとする技術の進化は日進月歩であり、今ある常識が明日には通用しなくなることも珍しくありません。そうした変化に対して抵抗するのではなく、むしろ積極的に受け入れ、どう乗りこなすかを考える。これが、現代のリーダーに求められる柔軟性です。
「変化を恐れず、経営と技術の橋渡しを担う」。
そんなリーダーシップこそが、これからの組織を前進させる原動力になると私は考えています。
今後の展望、中長期的な取り組みについて:
楽天は今、日本において社会インフラの一端を担う存在となっています。しかし、私たちの視線はさらにその先、「AIによって社会の仕組みそのものを変える」という未来に向いています。
これまでのインターネットサービスの普及やDX推進に続き、今、私たちが掲げているキーワードは 「AI-nization(エーアイナイゼーション)」。
これは、あらゆる業務・事業・サービスにAIを組み込み、それが当たり前のように機能する世界を目指す取り組みです。単なる効率化ではなく、産業構造そのものを変革することを目標としています。
そのために、楽天では自社で言語モデルやAIエージェントの開発を進め、具体的なユースケースを創出しながら、AIの社会実装を加速させています。
もう一つの柱がクラウド戦略です。楽天はこれまで「Rakuten Cloud」というプライベートクラウドを構築し、自社サービスを支えてきましたが、今後はパブリッククラウドとの連携による「オープンマルチクラウド」戦略を推進しています。
さらにその上にAI機能を動かすというところで、「業界全体として世の中の仕組みを変えていく」というのが我々の使命だと考えています。そこに取り組んでいっているところです。
特定の領域であったり、その用途に関して言うと、プライベートクラウドに関する利用というのはまだ意味はあると思っているのですが、一方で、スケーラビリティを重視すると、パブリッククラウドの利用というのは非常に重要だと思っています。
これまではパブリッククラウドか、プライベートクラウドかみたいなどちらかだったと思うのですが、我々としては、そのサービスというのはどこでも、世界どこでも動きますということが前提なので、我々から見ると一つのデータセンターロケーションです。
プライベートクラウドもパブリッククラウドも一つの「Rakuten Cloud」という大きな輪の中で動く仕組みだと考えており、どこに最適な機能を配置していくか、リソースを配置していくかというところを取り組んでいきたいと思っています。
この戦略の本質は、「全世界どこでもサービスが動く」こと。プライベートもパブリックも、すべてを一つの「Rakuten Cloud」の中で最適に配置し、グローバルにスケーラブルなサービス提供を実現するという考え方です。そういった意味で我々はハイブリッドマルチクラウドといった形をとっています。
楽天は、AIとクラウドの力で社会をエンパワーメントしていくことを目指しています。
ぜひ、視聴者の皆さんには、このボーダレスな世界において、世界で戦える、世界で活躍できること目指し、日々取り組んでいただければと思っています。