好奇心から切り拓いた道:コンサルタントから事業変革の旗手へ
学生時代、ある学問に強く惹かれ、その教科書を書いた教授のもとで学びたい一心で大学を編入。しかし、実際に学んでみるとその道は自分には合わず、学問の道は断念することに。
そんな中、ゼミの先生は、とても人を見る目がおありで、「君は日本の製造業で一生勤め上げるのは難しい」と言われました。しかし、当時日本では、まだ、ほぼ知られてなかった「コンサルティング」という職業を紹介し、プロジェクトごとに環境が変わる、これなら、「飽きっぽい君でも、勤め上げられるかもしれない」と背中を押してくれました。
「なるほど、コンサルティングか…面白い」と思いました。
その言葉に導かれ、会計系のゼミを通じて参加したコンサルティングファームの会社説明会で、パートナーの話に心を動かされ、「この人と働いてみたい」と思い、1990年にアーサーアンダーセン(現アクセンチュア)に入社。以降20年間、製造業を中心に戦略立案、業務改革、IT導入、アウトソーシング、グローバル展開など多岐にわたるプロジェクトに携わりました。
さすがに20年もやると、色々なことをやり尽くしたと思いました。
また、コンサルタントは、どこまで行っても支援する立場。会社そのものを変えるという最終的な責任を持つことはできません。自ら意思決定し、プロジェクトを立ち上げ、導入し、成果を出す。そんな「机の向こう側」に立ちたいという思いが芽生えたのです。
その思いを胸に、事業会社へと転身。中堅の製造業で、グローバルの何らかのプロジェクトをやりたく、そのリーダーを探している企業という3つの条件でヘッドハンターの方に、色々な企業をご紹介頂きながら、3〜5年単位でプロジェクトを推進し、終わっては次に移るを繰り返し、アサヒで3社目になります。
コンサルタントとしての経験を活かしながら、企業変革の最前線で挑戦を続けています。
1兆円企業の統合プロジェクトで見た、修羅場と企業文化の壁
コンサルタント時代、1兆円規模の売上を誇る財閥企業のライバル同士の合併プロジェクトに携わりました。新会社の戦略、組織設計、業務プロセス、IT基盤の構築という壮大なミッションを、コンサルタントだけでも数百名という規模で実施するという仕事でした。
まさに“修羅場”と呼ぶにふさわしい現場でした。
このプロジェクトで痛感したのは、ディテールから入ってはいけないということ。
まずは戦略や方向性といった大きな枠組みを描き、それに基づいて組織・プロセス・ITといった要素を論理的に積み上げていく必要がありました。しかし、現実は理屈通りには進みません。
昨日まで激しく競い合っていた財閥企業のライバル同士の企業文化の違い、歴史の重み、人の感情など、論理では語れない壁が立ちはだかったのです。
特に苦労したのは、異なる文化を持つ人々の融合です。
プロジェクトの半分以上の労力が、そこに費やされた感覚すらありました。振り返れば、もっと多様な専門家の力を借りるべきだったと感じます。
それでも、この経験を通じて、戦略から実行までを一貫して設計・推進する力が身につきました。組織、業務、IT、そして人の融合という複雑な要素を扱う中で、事業会社のCxOとして必要な視点とスキルを、現場で体得することができたと思います。
コンサルタントの限界を超えて:組織の中で変革を起こすという選択
コンサルタントとして、戦略やプロセス、ITといった“サイエンス”の領域で成果を出すことはできました。論理的に設計し、構造を組み立てる力には自信がありました。また、そうした力を持つ人材がプロジェクトをリードすれば、仕事の大半は終わったも同然、そう思っていました。
しかし、現実はもっと複雑だったのです。
例えば、プロジェクトを推進するためには、組織や体制を整えるだけでなく、社内の利害関係や抵抗勢力を乗り越える、実際にその組織で働く、責任を持つ人達が納得し、自分事になる必要がありました。
特に、この「人」の部分、文化、感情、立場の違いから、納得し、自分事化するところは、外部のコンサルタントとしてはどうしても踏み込めない領域だったのです。
その限界を感じたとき、自ら事業会社の中に入り、組織の一員として変革に取り組む道を選びました。利害を共にする立場でなければ、本当の意味での変革は難しいと感じたからです。
ただ、そこでもまた新たな壁が立ちはだかったのです。
この経験を通じてたどり着いたキーワードが「チェンジマネジメント」。
組織を変えるには、構造だけでなく、そこにいる“人”の意識の変化、意識の発展段階を考慮することが不可欠。特に中間管理職のようなキーパーソンの意識と行動が変わることで、組織全体が動き出します。
つまり、戦略やITだけでは変革は完結しないと思います。人と組織の変化をどう設計し、どのように巻き込むか、それこそが、真の変革を実現するための鍵となります。
スティーブ・ジョブズじゃなくてもいい:多様性を活かす“普通のリーダー”の挑戦
これまでのキャリアの中で、特に心に残っているのは、スティーブ・ジョブズのような“突き抜けた”経営者たちと仕事をした経験です。
彼らのような存在は特別に見えるかもしれませんが、実は私たちのような普通の人間でも、リーダーとしての力を発揮する方法はあります。
アクセンチュア時代、外国人の上司が「ビジネス書よりも小説や話題の本を読む」と言っていたことが印象的でした。中でも『ビジョナリーカンパニー2』は、リーダーがどう会社を変えていくかを描いた一冊で、私にとって大きな気づきを与えてくれました。
その中で語られていたのは、「誰をどこに配置するかで、その領域の到達点が決まる」というものです。
例えば、HRのトップに誰を据えるか、採用するかで、HRがどこまで行けるかは、決まる。つまり、すべてを自分でやるのではなく、如何にその領域の最強人材を見極め、動機付けし、来てもらい、彼らが力を発揮できる環境を整えることが、リーダーの役割なのだと気づきました。
私自身も、優秀な人材に対して、経営陣や関係者にその人の価値を伝え、活躍できる舞台を整えることに力を注いできました。それは、特別な才能がなくてもできる、リーダーとしての大切な仕事だと思っています。
また、チェンジマネジメントにおいても、同じメッセージを誰にどう伝えるかが極めて重要です。
相手の職種や立場、文化的背景によって、響く言葉や伝え方はまったく異なります。一方、誰が伝えるかによっても、受け取られ方は変わります。だからこそ、すべてを自分で伝える必要はなく、適切な“伝え手”を選び、戦略的に配置することが、変革を成功させる鍵になります。
私にとってのリーダーシップとは、「自分が前に出ること」ではなく、「人を活かすこと」。それが、突き抜けたリーダーたちから学んだ、最も大きな教訓でした。
より具体的なCIOの仕事観、やりがいや魅力に焦点を当て、リーダーシップやITリーダーへの効果的なアドバイスなど、近安氏に話を聞きました。詳細については、こちらのビデオをご覧ください。
CIOのやりがい、魅力について:カリスマじゃなくても、組織は変えられる、才能を活かすリーダーの仕事
コンサルタント時代、私はバリューチェーンの“川上”に立ち、石油、化学、鉄鋼、ガラスといったB2Bの重厚長大産業を中心に支援してきました。論理と構造で動く世界。そこでは、効率や最適化が成果の指標でした。
しかし、アサヒに移ってからは、B2C、あるいはB2B2Cの世界へと舞台が変わりました。
消費者に直接届く商品を扱うことで、反応がダイレクトに返ってきます。DX(デジタルトランスフォーメーション)の文脈の中で、技術を使って「分かりやすい価値」を創り出せるこの業界に、私は大きな面白さを感じています。
たとえば、飲料やサプリメントを通じて、健康や楽しさを届ける。その“シーン”をどう設計するかによって、商品が持つ意味も変わってきます。そこにデジタルの力を掛け合わせることで、より深く、より広く、価値を届けることができるのです。
時代でいうと、生成AIの登場によって、デジタルはIT部門だけのものではなくなりました。
製造業でも、「これは、R&D部門の仕事」、「ここからは、IT部門の人の仕事」と分けて考えられがちだった領域が、今まさに再定義されようとしています。生成AIは、誰もが使える“共通言語”として、組織の壁を越えていく力を持っています。
一例を挙げると、当社の研究開発部門では、発酵に使う酵母の最適な育成条件を、生成AIと対話しながら導き出す取り組みが進んでいます。
温度、湿度、圧力、成分など、無数の変数を扱う中で、AIが提案した新しいアプローチにより、酵母の生産性がわずか数か月で1.7倍に向上しました。これは、国内外の博士号を持つ研究者たちが長年取り組んできたテーマを、わずか1〜2人のデータサイエンティストが一気に飛び越えた瞬間でした。
このような事例は、”生成AIが単なるツールではなく、企業の競争力そのものを変える存在”であることを示しています。そして今、日本企業がITやデジタルの “ポジション”を本気で引き上げるべきタイミングに差し掛かっていると、私は強く感じています。
ITリーダーを目指す心得とは? 才能を活かす経営:テクノロジー時代のリーダーシップと環境設計
私のリーダーシップの本質は、「人を見つけ、活かすこと」にあります。
才能ある人材を見極め、適切なポジションに配置し、その人が最大限の力を発揮できる環境を整える。そして、その成果や価値を組織に伝え、周囲を巻き込んでいく。これは、チェンジマネジメントにおける最も重要なCIOの役割の一つだと考えています。
そのためには、まず自分自身が時代の変化に遅れないことが不可欠です。
特にテクノロジーの進化は速く、表面的なバズワードに惑わされず、本質を見極める力が求められます。私はそのために、今でも自らPythonやDifyを使ってコードを書き、生成AIのプロンプト設計にも取り組んでいます。現場感覚を持ち続けることで、テクノロジーの“本当の可能性”を見極めることができると思います。
私には、テクノロジー、組織、働き方という3つの専門性があります。
これらを軸に、正しい方向性を見極め、そこに最適な人材を配置し、彼らが活躍できる舞台を整える。そうすることで、組織全体の到達点を引き上げることができます。
カリスマ的なリーダーがすべてを引っ張るスタイルもありますが、私のアプローチは異なります。
私は「人を活かす」ことで組織を動かすタイプのリーダーです。
その人が輝ける場所を見つけ、成果を最大化する、それが、私のリーダーシップのかたちです。
ITリーダーを目指す人たちへのアドバイス:業界も国境も超えて、リーダーシップxテクノロジーx多様性で築く価値創造
リーダーになるということは、単に肩書きを得ることではなく、「大きな仕事を成し遂げる力」を持つことだと私は考えています。そのためには、ひとつの視点にとどまらず、テクノロジーをベースに多様な視点を持ち、広い世界を理解する必要があります。
コンサルタント時代は、まさにその土台を築く時間でした。さまざまな業界、企業、国、機能領域に触れ、現場で真剣に働く人々と対話する中で、営業、生産、会計など多様な軸を持つことの重要性を学びました。そうした経験が、今の私の「伝える力」の源になっています。
現在のアサヒグループでも、部署や立場の異なる人たちに、テクノロジーの価値やリスクをどう伝えるかを常に考えています。
「相手の言葉で語り、相手の視点で価値を届ける。」
バリューは同じでも、伝え方を変えることで、より深く届くのです。
そのためには、広い領域での経験と、多様な人とのネットワークが欠かせません。特に、自分にとってのロールモデルとなる人とは、できるだけ長く関係を築き、学び続けることが大切です。そうした積み重ねが、自分の提供できる価値を高め、CxOとしての器を育ててくれるのだと思います。
リーダーとは、広い視野と深い理解を持ち、価値を翻訳して届ける存在。
そのために、私はこれからも学び続け、つながり続けていきます。
今後の展望、中長期的な取り組み:ITと経営の“翻訳者”になる:デジタル時代のリーダーの条件
これまでのキャリアを通じて、私が一貫して取り組んできたテーマのひとつが「ITとデジタル活用の民主化」です。
かつては「データ活用はマーケターやR&Dなど専門家の仕事」、「ITはIT部門に任せるもの」とされてきました。
しかし、今やそれでは通用しません。
ビジネス戦略を実現するためのDX戦略は、経営者自身が描き、現場が自ら動かせるようにならなければならない時代です。CFOが、Finance部門の部門DX戦略を、CHROが、HR部門の戦略を支えるHR-DX戦略を立て、それらをFinance部門のマネージャたちがプロジェクトを立ち上げ、リードしていく、そういう姿になるべきだと思います。
そのために私たちは、ローコード/ノーコードを含む開発スキルや、データ活用の素地を組織の中に一つひとつ植え込んでいます。社員一人ひとりが「提案を待つ」のではなく、「自らデジタルを使って実現する」力を持つこと。そして、マネージャの方々に、業務分析や課題設定から始まり、プロジェクト企画書を書き、ソリューションを定義していく、そんなハンズオントレーニングを実施しております。それらが、これからの企業の競争力になります。
生成AIの登場により、アプリケーション開発のハードルは劇的に下がりました。もはや「コードを書かない開発」が現実となり、誰もがアプリを作れる時代が到来しています。UX・UIのデザインをすれば、あとはAIが開発をして、テストも終わらせて、プルリクエストまでしてくれる。
だからこそ、IT部門の役割も変わります。品質を担保し、ガバナンスを効かせ、何千人が同時に開発しても破綻しない、CI/CDのようなプラットフォームを提供することが、基幹システムでも求められます。
グループのホールディング会社でも、かつて2人だったIT部門が今では40人に増えましたが、それでも変革は起きません。2万8,000人の社員全員が、デジタルを使いこなし、戦略を描き、実行できるようになることが、”本当の意味でのトランスフォーメーション”だと思います。
そのために、社員のリテラシー向上、中間層のプロジェクト推進力、経営層のDX戦略構築力を育てる教育を進めています。これは単なるスキル教育ではなく、過去の成功体験から脱却し、新しいマインドセットを育てる「チェンジマネジメント」でもあります。
製造業が“デジタル製造業”へと進化するために。
私たちは今、企業の中に“民主化されたデジタル力”を根付かせる挑戦の真っ只中にいます。
以上